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yuuの一人芝居

yuuの一人芝居

戯曲 花ござの里・目黒公会堂公演

青年演劇 花ござの里  

  岡山県青年祭参加作  最優秀賞 

  日本青年大会参加作 目黒公会堂   優秀演技賞 優秀舞台美術賞 受賞

   花ござの里

                   

                                  吉馴  悠

     登場人物

      安木あや

        勇造

        鶴子

        達夫

       山本里子

       小寺公子

        通行人1・2

        老人

  舞台  安木あやの家の一部と庭。中央から右手にかけてあやの部屋がある。部屋には日常に必要な

       ものがある。下手に仏壇があり花ござが丸められておかれている。たとえば茶だんす、花瓶に花

       、電気スーブ等、中央には布団が敷かれてあり枕元にはアルバム、電話がある。

        その部屋の右手に障子があり、他の部屋に通じる事が出来る部屋に面して左手が庭になって

       いて一本の桐の木がある。部屋からも庭からも、酒津の桜並木と、高梁川堤がみえる。庭と道

       路を区別す.るために簡単な竹垣がある。





    幕の前に、機の音





    幕があがると舞台中央にあや(七十才)







あや  あれは大正十二年のことじゃった。うちがここに嫁いだのは・・・春まだ浅い高梁川をお父の操   

     る高瀬舟で下った。小さな風呂敷を抱えて川の流れに揺られながら、うちの心も不安で大きゅう波 

     打っておった。川の流れは速かったり遅かったり河幅は広がったり狭かったり、何度も何度も曲がり

     くねり、船を弄んだわな。その河の流れがこれからのうちの人生のように思えて・・・酒津の櫻がよう

     やくつぼみを付けた頃のことじゃった。あれはまだ、東高梁川と西高梁川に分かれとるときで、次の

     年東高梁川が、酒津に土手を築き堰き止められ西高梁川が高梁川となったのじゃな。その頃のこと

     ・・・お父と兄じゃ、おっ母に連れられて、この里へ・・・うちがまだ十五の時じゃったうちはの、簡単な

     盃を酌み交わしただけの祝言、その時初めて夫になる人の顔を見た・・・この人がうちの大切な人に

     なる人・・・やさしい目をしておった。その顔をみてこの人と二人でどんな苦難の道でも歩いてゆこう。

     そう思うた・・・

     東の空がみどりに変わろうとしておる頃起こされた。遠くでカタンカタンと言う音が聞こえてきとった

     が、その音がだんだんと大きゅうなりこの里全体の音に変わっていった。





    あやが語っている間に老人がその後から愛しそうに見つめている。





    暗転



    明かりが入ると、あやが部屋に座っていて、アルバムをめくり思い出にふけり、時おり桐の木を見つ

    めている。町の人、あやに声をかけ通り過ぎる。遠くから公園であそぶ子供達の戯声がしている。



    小寺公子(二十一才)山本里子(二十五才)が登場する。



里子  公子さん!どうしたの。どこか体の調子でも悪いの。

公子  いいえ・・・でも何だか空しくて。

里子  ああ、さっきのこと。若いのよ、純粋なのよ。                                 

公子  里子さん!私達がしていること、ほんとうにお年寄りの方達にとっていいことなの。

里子  なによ、弱気をだして・・・さっきのあのおばあちゃん、明るく笑ってくれたじゃない。

公子  でも、お嫁さんににらみつけられたわ。その眼は、ほっておいてくれと言っているように思えた   

     の。

里子  思い過ごしよ。

公子  そうでしょうか?

里子  そうよ。あのお嫁さん、小さな子供を抱えてそして、おばあちゃんの看病。きっと疲れているのよ。よ

     く素直にありがとうって言えない人っているじゃないの。

公子  それは・・・でも、私達のような青年のボランティアは・・・

里子  公子さんは、今日が初めてだから・・・でもその思いや、悩みは大切にしてお年寄りの方々に接して

     あげてほしいわね。私だって、何度も帰ってくれとか、放っておいてくれと言われたわ。

公子  そんなこと・・・

里子  そんな時、公子さんのように、何度も辞めたくなったわ。でも、お年寄りの方とお話をしたり、手や足

     を揉んであげていると、そんな自分本位の悩みやいきどおりはきえてしまう。

公子  私は、里子さんのようにはなれそんにありません。

里子  やめるの?

公子  ・・・・。

里子  やめることは簡単。いつでも出来るわ。だけど私達が訪ねることを楽しみにしていてくれるお年寄り

     の方も多いのよ。お年寄りの方が喜んで話してくれ、私達に多くの生きてきた知恵を教えてくれる。

公子  それだけでいいのでしょうか。ボランティアというのは。

里子  それは・・・でも、忙しくて家族の方がお年寄りの方に手をさしのべようとしても出来ない。そんな現代

     。私達がお年寄りの方の話相手になることで少しでも孤独をいやしてあげられる。掃除や洗濯をす

     ることで家族の方々の手助けをしてあげられる。それだけでも意義は大きいとおもうのよ公子さんの

     言いたいことはよくわかるわ。・・・だけど私達は、ホームヘルパーではないし、ケースワーカー、保

     健婦でもないのよ。私達がお年寄りの方にしてあげられることといえば、話を聞いてあげるくらいの

     ことなのよ。

公子  それは・・・そうかもしれませんね。

里子  (強く)そうよ、考えるより行為、行動。それが青年のあるべき姿。

公子  そうですね。そうかもしれませんね。



    静かな音楽(M・I)



里子  次はこの家、ここにはおばあちゃんが一人で住んでいるの。

公子  おばあちゃんが独りでですか?

里子  そう、・・・(あたりをみまわして)春には、おばあちゃんが縁側に座って、酒津の堤の桜をよく見詰め

     ていたわ。

公子  いい眺めでしょうね。ここからは。

里子  風にとばされた花びらが庭をうめていた時もあったわ。

公子  酒津なら、小学校の頃遠足で来たことがあります。

里子  ここのおばあちゃん花むしろを織っていたの、名人だったらしい。・・・いまでも心の中で、織ってるっ

     ていつも口にするわ。

公子  私、花むしろに興味があります。織ってみたいわ。

里子  そう、それなら、いい勉強になるわ。きっと。                                 

公子  花・・・あの桜も昔とくらべていたんで老いたのですね。

里子  なによ突然話をかえて、乙女の感傷ってわけ。                               

公子  そうでもありません、ですけど・・・

里子  心ない人たちが枝を折り、また手入れをしない・・・あの桜はもう何十年間も倉敷の名所として一目

     千本桜と愛称され、春には花びらを開き、生命を謳い、見る人の心を和ましてくれ・・・今は葉を落と

     してひっそりと、冬の冷たい雨や風に身をさらそうとし・・・それを耐えて、また、春には・・・なんだか、

     人間の生き方に・・・

公子  私、私、よくわからないけれど、見るだけで忘れていることがあるんではないでしょうか。

里子  なにか忘れている。みんなそう思っている。だけど、何を忘れているか忘れている。だけど、私達は

     そのことを忘れてはいけない。小石を海に投げているような行為かもしれないけれど、小さい波紋を

     作って、波に消されても、いつもいつも小石を投げている。そんな生き方が青年の生き方ではない

     かと思うの。

公子  そうかもしれませんね。



    公子、里子、ほほえみながらうなずく。

    (M・O)

    里子が部屋の外から

    「今日は、里子がまいりましたょ」

    里子、あやの部屋に入り



里子  おばあちゃん!お元気ですか。



    あや、庭を見つめている。

    公子、里子のあとについて入る。

    里子、庭にまわり



里子  (あやに)おばあちゃん、お元気ですか。おかわりありませんか。

あや  ああ、これは・・・どなたでしたかな。(呟いた)

里子  私、青年グループの山本里子です。

あや  山本里子・・・(里子をみて)ああ、里子さんですか。いつもすみませんのう。少し考えごとをしょうたも

     のでな・・・そんでまた、きょうは何の用ですりゃあ。

里子  この前のお話、私一人で聞かせて頂くのはもったいないと思い、お友達をつれてきましたの。

あや  おともだち・・・

里子  おばあちゃん。この人、私と同じグループの小寺公子さん、よろしくね。公子さん、おばあちゃんの名

     は安木あやさん・・・

公子  小寺公子です。よろしくお願いします。

あや  小寺公子さんですかのう。

公子  はい、里子さんから花むしろのことを・・・

あや  あんたも花むしろに・・・まあ座りんせえ。

里子  公子さんは美術の勉強をしているのですけど一度藺草で花むしろを織ってみたいと。そしておば  

     あちゃんの話をききたいと・・・

あや  ・・・。うちはこげんな体じゃけえ、もう機を織るこたぁできませんがのう。

公子  (土間の機を見て)あの機で織るのですか。



    機の音がバックに流れる(M・I)



あや  ああ・・・今は藺草もありませんけえ・・・昔ぁ、夏には藺草でこのあたりの田圃ぁ、みどりの布をひき

     つめたようじゃった。四国から藺草刈りの人が沢山(ぎょうさん)きておったがのう・・・あれぁ、もう二

     十五年も前になるかのう。

里子  おばあちゃんはさぞ、沢山の花むしろを織られたのでしょうね。

公子  花むしろを織らしたら名人だったとか・・・

あや  それ程のこともありませんわの。今ぁこの土地では機を織るのはもうまれになってしもうたわの、あ

     ん頃ぁ、花むしろといやあ。岡山の倉敷、せえも西阿知と言われとったもんじゃが・・・あんたらのよう

     な若けえもんにぁわからんのがあたり前かもしれんの。

里子  おばあちゃん、二十五年前といえば私が産まれた頃のこと。

公子  私はまだこの世に産まれておりませんわ。・・・それで、どのようにして織るのですか。ききたいわ。

あや  そりゃあ、藺草を刈って、藺どろの中につけて干かしたもんを。

公子  藺どろとは・・・

あや  藺どろとはの、藺草の青味をのうせんようにするんと、つやを出すためにつける染料のような特別の

     どろでの・・・うちらは藺どろのついた藺草を水につけて、泥をおとし、藺草をやらこうして機に入れる

     んじゃが、機を織っとると煙のように藺どろが舞うんじゃ・・・(遠くをみつめて)子供らぁ、母親の機を

     織るそばで遊びながら藺もとを抜いとった。

公子  藺もと・・・

あや  藺もととはなあ、藺草の根のところに、はかまのようについとるもので、はかまをとるとも言うんじゃ

     が、それも子供らの仕事じゃった。

里子  私も母から聞いたことがあります。織ったござを高梁川の土手に干してあったのを見たって。

あや  (遠くを見る仕草)そうなんじゃ。天気のええ日にぁ、子供らがござを一杯リヤカーに積んでの高梁川

     の土手に干すんじゃ。遊びてえ年頃の子供らぁの、河原に降りてぁ水遊びや、魚釣りをしておった。

     でものう、子供心にも親の織ったござのことが気になっての、空の雲行きを眺めてぁ遊んどったわの

     。大事なござを雨にでもやられたら、大騒動じゃし、風に飛ばされりゃあ大変じゃ・・・あん頃ぁ、どこ

     の家でも機の音をたてとった。この町一帯がその音で包まれとったわの。隣が朝の五時に起きて機

     の音をたてりゃぁ、その隣が四時にと、まるで競争じゃったわの。

里子  おばあちゃん、それは普通のござのことなのでしょう。

あや  いや、あんまりかわらんが・・・

公子  それでは花むしろは

あや  ござでも、花むしろは少しちがうわの。機に型木ちゅうのをはめての、色々の色のついた藺草を機に

     入れて織ってゆくんじゃ。型木を入れるんと色をつけた藺草の違いだけでの、織るのは一緒じゃ。じ

     ゃがの、藺草のたけを揃えて機にいれるんじゃが、中には短いのが混じっておってな、表に藺草の

     先が出る、それを織毛と言うての、それを毛とり器でとるのも、子供らの仕事じゃったわの



    あや、大きく咳き込む



里子  おばあちゃん大丈夫ですか。



    里子、あやの背にまわり、撫でる



あや  このところ夜にぁ、毎日のように咳き込みましてのう・・・そういゃあ、ござを織っとった人たちはみん

     な胸をやられての、咳き込んどったわ。藺どろがかわいて空気に混じり、それを吸い、肺にほこりが

     たまって・・・塵肺という職業病があったわの。

公子  だけど今はどうしてござを織らなくなったのでしょうか。

あや  百姓が藺草を植えんようになったのと、水島に工場ができて、そこで働くほうが楽でお金になったけ

     え。若い者なぁござを捨て、工場へと勤めだした。藺草ぁ真冬の氷のはった田圃に入っての、氷を割

     り割り藺草の苗を植えての、そいで、真夏の炎天下に刈り取るんじゃ。そりゃあ大変な重労働であっ

     たけえの。その上に、水島の工場の煙で藺草の先が枯れるし、熊本や台湾、朝鮮の安い藺草が入

     ってくるようになったんで、この地方の百姓はのう、藺草を植えんようになってのう、花むしろの倉敷

     と、いわれた花むしろがだんだんとのうなってゆく原因にもなっておったのじゃろうのう。

公子  だんだんと、この倉敷の名産がなくなってゆくのですね。

あや  時の流れにぁ流されるしかありませんけえ。

公子  おばあちゃん・・・おばあちゃんは今迄に多くの仕事をしてこられたんですもの。打ち込むものがあっ

     たんですもの。私は羨ましいわ。

あや  うちらぁ、親から教えられた機を織ることしか知らんかったし、それしか出来んかった。・・・今でぁこげ

     んな体になってしもうてからに。

公子  息子さんは・・・

あや  勇造は水島の工場に勤めたが、やめた。せえから、田圃を売ったお金で、小さな工場を大阪に造り

     、今でぁそちらに住んどる。・・・庭のすみであまり大きゅうなってねえ桐の木がありましょうがのう。あ

     れは初孫の達夫が産まれた時に植えた記念樹ですんじゃ。

公子  お孫さんの・・・(頷きながら)



    公子、里子、桐の木を見る



あや  うちを一人残して(呟き)・・・息子ぁ大阪に来いと言うけどなぁ、この家にぁ、おじいさんとの思い出や

     子供らとの思い出がぎょうさんありましてのう。うちぁこの家で死にたいのですんじゃ          

里子  おばあちゃん!

あや  うちがうちのために織った花ござがおじいさんの仏壇のそばに。その花ござの上でうちの人生を終

     わりたいと思うとります。



    (M・O)

    あや、大きく咳き込む

    公子、里子、背をさする



里子  ・・・・

公子  少し横になりましょう。

里子  横になるより、上半身起こしていた方が楽でしょうから。私の祖母もそうしていたから。

公子  はい。

あや  (二人に頭を下げて)ああ、楽じゃ楽じゃ。



    あや、上半身を起こしている



里子  おばあちゃん、洗濯物でもしましょうか。食事の用意、掃除を・・・

あや  いいえ、かまわんで下さいの。

里子  私達、おばあちゃんの役に立ちたいの・・・公子さん、おばあちゃんと話をしていてね。私は裏で洗濯

     をしてきますからね。

公子  はい



    里子、退場する。

    公子、あやの後にまわり、背をさすりながら。



公子  私はボランティアに出るのは今日が初めてでよくわからないの。何かすることがあったら言って下さ

     い。

あや  ええんですよ。気を遣わんで下さいな。うちには若い頃の夢がありますからの、その想い出の中で生

     きておりますけえな。

公子  おばあちゃん



    三味線の音が流れる(M・I)



あや  うちぁ、多くの人たちに使こうてもらえる花むしろをぎょうさん織った。うちの子供のようなものですらぁ

     。今ぁ、古びてしもうて燃やされ、捨てられているかもしれませんわの。そんでもな人に使ってもろう

     た、うちが織った物が人の役にたったと思うとな、生きてきた思いが、深い歴史となってうちの心を

     満足させてくれまのじゃ。うちぁ、今の世の中が、うちら年寄に何もしてくれん。生きる目的を、価値

     を与えても認めてもくれん。でも、生きて、造ってきた過去がありますけえ。うちぁ、うちの人生をぐち

     りとうないのですんじゃ。



    (M・O)



公子  うらやましいわ。私はなんにもなく・・・目的も、意識もなく生きているんです。こうしてボランティアでお

     年寄りの方を訪問しているのも・・・私は何をすればいいのか目的がないの。情熱をぶつける対象

     がないんです。だから・・・

あや  あなたぁ正直な人じゃのう。他の人はその行為に酔っておるちゅうのに・・・ああ、少し疲れたな。横

     になって休むかの。帰る時に眠っとったらそのまま起こさんで帰って下されの。



    あやは布団に横になった。

    公子は掛け布団をかける。

    少しの間公子は枕元のアルバムをめくる。安木勇造(五十才)妻鶴子(四十七才)あやの孫達夫(二

    十六才)が登場する。

    勇造と鶴子はつかつかと上がり、あやの所へ行く。達夫は庭へまわっている。



勇造  おばあちゃん、今日こそはっきりと・・・

公子  (勇造を静止して)今眠られたところですから少し・・・あなた達は・・・

勇造  安木勇造です。

鶴子  家内の鶴子です。あなたは・・・

公子  おばあちゃんの息子さんと・・・どうもすみませんでした。あの・・・私・・・

鶴子  あなたが山本里子さんですか。いつもお手紙でおばあちゃんの様子をしらせて頂き、ありがとうごさ

     います。

公子  いいえ、私は・・・

勇造  あなたですか。山本里子さんは、色々とお世話になっています。

公子  いいえ私は里子ではありません。私は同じグループの小寺公子という者です。

鶴子  そうですの。今日里子さんは・・・

公子  はい、今、裏で洗濯をしておりますから、呼んできます。



    公子は退場する



鶴子  全く、大きなお世話だわ。ほっといてくれればおばあちゃんだって考えがかわっていたかもしれない

     のに。

勇造  だけど、あの人たちだって善意で・・・

鶴子  ちょっとあなたしっかりして下さいよ。善意!なにが善意よ。押し売りの押しつけの行為を善意とは

     言わないわ。



    達夫は桐の木の下に立って見上げている。



勇造  そんなに言っては・・・

鶴子  なにがボランティアよ。自己満足の自己陶酔のための行為をボランティアとは言わないわ。形だけ

     の行為や、口先だけの甘い言葉を思いやりとかやさしさとか思い込んでいるだけなのよ。私達の立

     場も考えて行動して欲しいものだわ。まったく迷惑よ。

勇造  今日は里子さんにはっきり言おう。

鶴子  私から言います。(達夫を見て)達夫、そこで何をしているの。



    通行人通り過ぎる(達夫を見て)





達夫  別に!



    山本里子と小寺公子が登場する。



里子  私が山本里子ですけど・・・

勇造  いつもおばあちゃんがお世話になっております私は息子の勇造です。(鶴子を指して)妻の鶴子  

     庭に立っているのが長男の達夫です。

里子  私達は、青年グループの小寺公子と山本里子です。

鶴子  色々とおばあちゃんが

里子  いいえ。私達はグループ活動の一つとしてお世話させて頂いております。専門的な知識もなく介護な

     どできなくて、ただ話相手をするだけ、たまには食事をつくってあげたり、洗濯をしたりもしますけど・

     ・・ただそれだけのことしかしておりません。

鶴子  ありがたいことですわ。今迄おばあちゃんの世話をして下さったことに対してはお礼を言っておきま

     しょうか。でも、もうあなた方を必要としなくなりましたの。

里子  ええっ!それはどういう事ですの

鶴子  大阪に連れて帰ります。

公子  連れて帰られるのですか。

里子  そうです。今日という今日は、誰が何と言おうとおばあちゃんを連れて帰ります。嫌とは言わせませ

     ん。

公子  そんなこと、おばあちゃんが承知する筈はありません。

里子  公子さん!



    静かな音楽が流れる(M・I)



公子  おばあちゃんがかわいそうです。

鶴子  他人は黙っていてもらいましょう。私達は何度おばあちゃんを連れて帰ろうとここに帰って来たかし

     れませんの。そのたびに・・・おばあちゃんがこの家を懐かしがり、淋しそうな顔をするのでその顔に

     敗け・・・でも今日という今日は。

里子  どうしても連れて帰られるとおっしゃるのですね。おばあちゃんの心を無視しても。

勇造  はい。それには・・・色々と事情があるのです                                 

公子  その事情を聞かせて頂けません。

勇造  それは・・・

鶴子  (勇造を制して)それをあなた方に言わなければならぬ義務はないわ。

勇造  鶴子!(いましめに)

鶴子  あなた!この際はっきり言って。いらぬ世話だと。

勇造  おばあちゃんが起きたらどうする。

公子  私は・・・今日、初めて会って、色々とお話を伺ったんですけど。おばあちゃんが好きです。

里子  (公子の肩を抱いて)私も公子さんと同じです・・・私、おばあちゃん子でした。・・・私の祖母は、父が

     工場に土地を売ったお金で新しい家を建て、古い家をこわそうとした時、柱にしがみついて、はなれ

     ようとはしませんでした。泪を一杯に浮かべて、柱や壁、天井をじっとみつめていました。・・・今思え

     ば、祖母には古い家に沢山の思い出があり、生きてきた歴史があったんだってわかるんですけど・・

鶴子  そんなことは、言われなくたってわかっています。

里子  祖母を新しい家に連れて行ってもいつの間にかこわした古い家の跡に淋しそうに立っていましたそ

     の頃から、だんだんと頭が呆けてきて・・・とうとう・・・

鶴子  いったい、あなたは何が言いたいの。

里子  今、おばあちゃんをこの家から引き離すことは・・・

勇造  あなたの言おうとしていることは、わかりますが・・・

公子  だったら・・・

勇造  庭へ出ませんか。(あやを気ずかって言った)



    四人は庭へ出る



勇造  私は・・・(鶴子に)お前から言ってくれ。

鶴子  (公子、里子に)あなた方の暖かい心は大変に嬉しいことですわ。おばあちゃんも、きっと幸せであっ

     たことでしょう。

公子  だったらどうして。

里子  ご心配なことはわかります。今迄のような仕方が間違っているのでしたら、私達も考えます。毎日グ

     ループの一人をこの家にまわしてもかまいません。

公子  私が来ます。おばあちゃんのこと、私に面倒を見させて頂けませんか。

勇造  そこまで言っていただけますか。

里子  それでは・・・

公子  考え直して頂けますか。

勇造  (庭を見て)この庭や、酒津の土手には、私達夫婦にとっても忘れがたい思い出があります。おばあ

     ちゃんと一緒に妻は機を織り、私はこの庭にござを干し、(手で示して)あの土手にも並べて干したも

     のです。

鶴子  おばあちゃんとの思い出は私達の、そして達夫の思い出でもあるのです。達夫は、よく機のそばで、

     藺草のはかまをとったり、うちの人の引くリヤカーのあとを押したりして手伝っていましたからね。

里子  それだけの思い出のあるところなのに。

勇造  時の流れには勝てませんでした。ただそれだけです。そして、時の流れは、若い頃の私にとって大

     切な思い出すらも生きてゆくという忙しさのなかで忘れなくてはなりませんでした。妻も、達夫も思い

     は、同じだと思います。

里子  おばあちゃんは、昔の夢の中で、まだその夢を抱いて生きているのです。それを奪い取ることは・・・

公子  かわいそうです。

勇造  かわいそうですか。かわいそうという言葉が、その意味が・・・

鶴子  うちの人にはその意味がよくわかるだけに、今日までおばあちゃんのわがままを許してきたのです。

     ですけど・・・もうかわいそうとか、淋しいだろうとかいう感傷ではおれない現実を迎えてしまっている

     のですの。

里子  それは。

勇造  それは・・・(鶴子に)お前から言ってくれ。                                  

鶴子  はい、週に一度往診をお願いしてあったお医者様から連絡がありまして。

公子  それで。(せきこむように)

里子  何と言われたのです。

鶴子  塵肺から結核に、それに、心臓もだいぶ弱っているから、病院に入れた方がいいだろうと。

里子  なんですって。

公子  ほんとうですか。(泣く)

鶴子  うそではありません。あなた方のお気持ちは大変に嬉しいのですが・・・



    (M・O)

    あや、目をさまし起き上がって

    機の音(M・I)



あや  里子さんお客さんかのう。



    みんなふりかえった。



勇造  (近寄りながら)おばあちゃん。

あや  あんたぁ、誰な。

勇造  勇造です。

あや  ああ、勇ちゃんかい。はように藺草を持って来てくれんと、花むしろは織れんがな。

勇造  おばあちゃん!

あや  里子さん。みんなにわけを言うて帰ってもろうてつかあさらんかの。藺草が入らんで、まだ一枚もよう

     織っとらんと言うてのう。

里子  おばあちゃん。

あや  近ごろぁ、この辺りでは藺草を植えんようになってしもうてのう。仕事ができんのですじゃ。

鶴子  (あやに近寄りながら)おばあちゃん!

あや  あんたぁ、誰かな。

鶴子  鶴子です。嫁の・・・

あや  ああ、隣の嫁の・・・今では、ビニールでござのにせ物を織っとるという・・・あんなもなあやめときんせ

     え。

勇造  ・・・・(泣いて)呆けてしもうてからに・・   ・

鶴子  (思いをふり切るように)さあ、達夫、お父さんを手伝って。おばあちゃんを車に乗せて帰るんです。



    勇造、達夫、あやをかかえ上げる。



あや  あんたらあ、何をするんじゃ。こかあ、うちの家じゃ。こかあ、うちの家じゃ。







    あや、二人の手からのがれ、機にしがみつく。





勇造  おばあちゃん、おとなしゅう、言うことをきい   てくれ。

鶴子  おばあちゃん、ええかげんにしてくださいよ。達夫  おばあちゃん!



    (M・O)

    機にしがみつくあやを、勇造、達夫が引き離そ    うとする



公子  そんな!ひどいわ!

里子  おばあちゃんの気持ちを考えてあげて。話し合って!

鶴子  放っておいて下さい。息子や嫁の顔も忘れたおばあちゃんを、ここにおいとくわけにはいきません。

勇造  おばあちゃん、お願いじゃ、わかってくれ。



    静かな音楽が流れる(M・I)



公子  (達夫に)私がここに来た時、おばあちゃんはあんたの記念樹の桐の木を見つめていたわ。

達夫  ・・・・

公子  あんた、おばあちゃんの心がわからんのん。

鶴子  達夫!もっと力を入れて。

公子  あんた!おばあちゃんの孫でしょう。あの桐は孫の記念樹じゃと、じっと見つめていたのよ。なんとも

     思わないの。

達夫  ・・・・(桐の木の方をチラリと見る)・・・



    (M・O)

    機の音(M・I)



あや  いやじゃ、いやじゃ、うちぁ、どこにも行きゃせんけえ。この土地を離れりゃせんけえな。花むしろ織

     れんようになってからも、うちの耳には機の音が・・・そうして、何枚も何枚も、心の中でつぎつぎと織

     っておったんじゃ・・・うちぁここで花むしろを織り続けるんじゃ。うちはうちの織った花ござの上で死に

     たいんじゃ。



    勇造、達夫、あやを抱え上げて退場する。その間、あやは叫び続けている。里子はじっと耐えて見送

    る。



公子  おばあちゃん(後を数歩追い見送る)おばあちゃん!

鶴子  (二人に)ごめんなさい。きついことを言ってさぞ鬼のような嫁とお思いでしょうが、おばあちゃんのこ

     とを考えると私も辛いのです。あなたたちの心は・・・おばあちゃんにかわって・・・・(頭を下げる)・・・

     色々とありがとうございました。



    公子、里子外に出る。

    鶴子は戸締まりをして退場する。

    静かな音楽(M・I)



公子  おばあちゃん、かわいそう。里子さんどうにもならないのですか。私達の力ではどうにもできないので

     すか。

里子  ご病気なら・・・どうにもならないわ。

公子  そう。そうなんですね・・・(きっぱりと)私は花むしろを織ってみるわ。せめて、おばあちゃんが心の中

     で織り続けている花むしろを、私が織ってみる。

里子  公子さん、あなた!

公子  私は、あのおばあちゃんの中に、一途に打ち込んだ生き方を見たのよ。今迄は生きるってことがわ

     からなかったの。大きく、広くて、つかみどころがなかった。曖昧でかすみのかかったような青春の

     中で見えなかったものが、今、私は青春を生きる。その意味をはっきりととらえ、つかまえることがで

     きるのです。まだまだ花むしろを織っている家もあるそうね。私は、あのおばあちゃんのように美し

     い花むしろを、人生とともに織り込みたい。

里子  公子さん・・・。



    明かりが落ち、あやの織った花むしろに上サス    が残る。

    機の音がだんだんと大きくなる。



                      幕



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